月別アーカイブ: 2011年7月

余韻にひたる間もなく

『尾久発01』土曜にて無事終了しました
ご来場くださった方々には感謝申し上げます

終了後、余韻にひたりたい気分でもありましたがその間もなく次の展示の搬入へ向かい
そちらも無事済み、へとへとです

実は尾久発01の会期中は次の搬入が迫っていたため、ずっと突貫で制作していました
尾久発01会期最終日の朝に完成し、次の日(今日)、搬入でした

今回の展示の私なりの感想も述べたいですし、次の情報もアップしたいところですが先延ばします(笑)
また改めて(覚えていれば)記述します

twitterのURLからはアカウント無くても閲覧できますので
そちらもご参考にしてください、断片的な情報を随時載せています

尾久発の参加作家さん達は、また現場でお会いしたい気持ちの良いメンバーでした
会期を終え、少し寂しく感じる日曜の深夜です。。

展示作品&ステイトメント


もうひとつのトビラ2011『尾久発01
』展示作品とステイトメントを記載します

朝が来るまで©済み

タイトル:朝が来るまで
制作:2011年
サイズ(mm):1303×1620
素材:パネル,アクリル絵具

【作品ステイトメント】
夜が明ければ幻のように消える特別な時間と世界、酔っ払いの始まりから終わりまでの姿を1枚に収めた
祖父が串焼き屋を営んでいた関係で幼少期より、酒場にいることが多かった
子供ながらに眺めていた酔っ払いの姿を冷静に観察していた

私自身は酒を飲むことは好きだが、いわゆる「酒好き」ではないと自認している
それは幼少期に眺めていた酒場で起きる光景をあくまで冷静に観察していたため、大人の世界へ憧れを抱くことなく酒場での現実を眺め、どこか冷めた目で観察していたからかもしれない

しかし、自分が大人になり「大人の世界」「酒場の光景」の中に溶け込むようになり子供の頃には理解できなかったことが理解できるようになった
それは1日の仕事を終え、次の日が始まるまでのわずかな時間に許される至福の時間があるということだ

至福の時間が必ずしも歓喜に満ちた時間であるとは限らず愚痴や涙に終始することもある
それでも私は至福だと言いたい
酒は神に捧げるものだから酒を介在した時間というのは神に許された時間ではないかと考えるからだ
それは至福以外の何物でもない

至福の時間に訪れる感情、私の制作コンセプトである「人の思いの在りか」に繋がるひとつとして届けたい

古屋正成

アトリエ

現在、埼玉朝霞市にて数人のアーティストでアトリエをシェアして制作しています
今月より新メンバーが加わるということで、棚と道具を移動しました

アトリエ

机の上は散らかっていますが、棚はスッキリと整理整頓できました

私がアトリエに入ったのは今年の1月、当時はすぐに取り掛からねばならない作品があったので
道具の配置はずっと暫定的で散らかっていましたが、これで使いやすくなりました

このアトリエは大きな作品まで余裕で制作できるのでとても気に入っています
制作だけに集中できる空間がずっと欲しかったのでとても助かっています
環境って大事です

ただ、土曜から泊まり込みで明け方に寝ると
早朝、近くの高校の朝練に必ず起こされるのがちと難点です(笑)