酒場と酔っ払い

先の記事「8月のこと2」で少し追記したいことがあります

中年男性を題材にする理由は記述しました
もうひとつ私の描く作品で多い題材は酒場と酔っ払いです

©済み 常連
私自身はお酒を飲むことは好きだが、いわゆる「酒好き」ではないと自認しています
でも題材として多く描く理由は祖父が串焼き屋を営んでいた関係で幼少期から酒場にいることが多かったからかもしれません

幼少期に酒場で起きる光景や酔っ払いの姿をあくまで冷静に観察していました
「大人って変なの」と、どこか冷めた目で観察していたから大人の世界へ憧れを抱くことなく酒場での現実を眺めていました
しかし、私自身が大人になり「大人の世界」「酒場の光景」の中に溶け込むようになり子供の頃には理解できなかったことが理解できるようになりました
それは1日の仕事を終え、次の日が始まるまでのわずかな時間に許される至福の時間があるということです

至福の時間が必ずしも歓喜に満ちた時間であるとは限らず愚痴や涙に終始することもあります
それでも私は至福だと言いたい
酒は神に捧げるものだから酒を介在した時間というのは神に許された時間ではないかと考えるからです
それは至福以外の何物でもないでしょう
祖父の店に両親に連れられて行っていた幼少の頃、酒場の光景というのは不思議でした
昼間の大人達というのは真面目な顔して仕事をし、子供には教育を施してまさにお手本の存在でした
でも、日が沈み酒場で酒を飲み一日の疲労を癒す大人達の姿は楽しげでもありましたし、ときに子供からすれば目を疑うようなこともありました

祖父の店が終わり両親は常連さんを連れて近くのスナックへ行くこともありました
私はスナックの端でジュースを飲みながら時間を潰していると、酔っ払いに絡まれ怖い思いをしたこともありました
大人になった今でも、酒場でのトラブルに出くわすことはあります

それは楽しくないシチュエーションですし、嫌な気分も味わいます
それでもそんな酒場での光景や酔っ払い達に愛おしさを抱きます

酔うほどにその人の本質があらわになって、より人間味を感じるから酒場や酔っ払いに愛おしさを感じるのだと思います

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酒場や酔っ払いについて語りたいことはまだまだありますので、またそのうち改めて記述したいと思います