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個展のお知らせ 「酒場の痕跡」26’10.17-11.14

神田須田町、大衆酒場 呑み処 AJiRO(あじろう)にて個展をします
北井企画さんによる企画です

日時など諸々の詳細はコチラからご覧ください

個展ステイトメントに記載している
〝街は新陳代謝のごとくみるみる景色を変えてゆく〟
新作のテーマにしています

新宿のよく行くバーの店主に話を伺ったところ、その店のある区画は再開発エリアに指定され、数年後には区画自体がまるで別の景色に変わるとのことでした
場所は新宿紀伊國屋と伊勢丹の間にあるエリアです

このエリアには人通りはそこまで多くない細い路地があります
いくつものが飲食店があるので、食事に散策、人混みを避ける抜け道としても魅力的で、話を伺ったバーもこのエリアにあります
とん丼(カツカレー)で有名な王ろじがあるエリアというとわかる方も多いかと思います

僕はこの路地が好きで用も無いのに歩くことがあるほどです
それが無くなると聞いて居ても立っても居られなくなって、個展が決まるよりだいぶ前から描き始めていました
街の記録としては写真に収めれば十分ですが、画家としてはやはり絵画として収めたくなりました

この路地を描いていて気付かされたのは、僕がこれまで描いてきた酒場の光景は時間が経てば無くなるもので、記録には残らないものでした
しかし、記憶には朧げながら残るもので、それは街の景色も酒場の景色も変わらない確かに残る痕跡です

秋の夜長に酒場の展示空間で一杯ひっかけながら、記録ではない記憶との橋渡しになるご鑑賞をご堪能くださいませ

古屋正成 

STATEMENT

古屋正成は東京で生まれ育った

子供の頃は粘土でオブジェを作ることに関心を示し10代のときは陶芸をしていた
やがて美術学校で油絵を学び、画家として活動するようになった
現在は主にアクリル絵具と油絵を併用しながら制作している

彼はを人間の思いの在りかを手掛かりに制作している
それは目に見えない形だけでなく、目に見える形でも現れていると考えている

彼の祖父が串焼き屋を営んでいた関係で幼少期より酒場にいることが多かった
子供ながらに眺めていた酒場の光景や酔っ払いの姿を憧れを抱くことなく冷静に観察していた
しかし、大人になり”大人の世界” “酒場の光景”に溶け込むようになり子供の頃には理解できなかったことが理解できるようになった
それは1日の仕事を終え次の日が始まるまでのわずかな時間に許される至福の時間があるということだ

至福の時間が必ずしも歓喜に満ちた時間であるとは限らず、愚痴や涙に終始することもある
それでも至福だと言いたい
酒は神に捧げるものだから酒を介在した時間というのは神に許された時間ではないかと考えるからだ
それは至福以外の何物でもない

過去でも未来でもない此処だけに存在する凡庸なる平常にこそ存在する至福の時間
他人から見れば侮蔑されたり愚かだと言われるような行為、それらに現れるメッセージを大切に見つめていきたいと考えている

Masashige Furuya was born and raised in Tokyo and expressed an interest in making objects with clay when he was a child. Furuya began to work as a painter and studied oil painting at art school.

He now creates art by combining oil and acrylic paints. Furuya’s work describes our imagination and perceptions – what we see and what invisible to the human eye.

During his childhood, Furuya spent a great deal of time in his grandfather’s skewer grill bar, where he observed calmly without feeling admiration, many drunken scenes.

Now years later, Furuya as an adult has a different “view of the bar” and the “adult world” he could not understand as a child. He sees the time between when work ends for the day and a new day dawns as precious, but not always filled with delight and happiness. Sometimes it is also filled with tears and complaints. However, Furuya feels this is a special time.

Furuya believes that since sake is something we offer and dedicate to God, this is a time when God forgives us. This means that the time spent drinking is nothing but very precious.

This time of bliss exists within our ordinary and mediocre lives. Some people may see this as a stupid pursuit but to Furuya this contains an important message for him.